Exhibition 展覧会情報
森谷 雅人「貝の記憶」
2018年11月20日 〜2018年12月01日
13:00〜19:00 日・月曜 休み
Statement
貝の記憶
露光を終えた印画紙をイーゼルから外し、感材側を下向きにして現像液の入ったバットに滑り込ませる。竹ピンでその印画紙を一度返し、さらに四隅を突いてバットの底に沈め、セーフライトの下で凝視する。真っ白だった印画紙から真っ先に立ち現れるシャドウ部の黒。やがて中心部から外側へ段階的にハイライト部の像が浮かび上がってくる。
「おおっ…」
竹ピンで印画紙の端をつまみ、停止液のバットに移す。
一分半の劇的な化学反応。
学生時代の化学の実験は、不思議と思われていた現象を、正確な準備と工程によって、決して不思議ではない現象として再現する事が面白かった。とはいえ、実験の結果があらかじめわかっていても、それが劇的な変化であれば思わず声が出たものだ。
写真をバックライトの液晶画面で見る時代にあっては、もはやデジタルプリントさえも時代遅れなのかも、と思うこともある。まして暗室で写真をモノクロでプリントする事など、コメントすることさえ放棄されるに違いない。
暗室作業はひとつの伝統工芸、あるいは魔術や呪術の儀式と同類と思われているフシがあり、写真が暗室で焼かれた物だと知れると、写真家がまったく意図しなくてもノスタルジックな、あるいはメランコリックでセンチメンタルな印象をもたれる危険を常に孕んでいる。これは暗室作業を始めたときに「ファインプリントを作る」という、しごくまっとうな目標設定に起因する。
暗室作業においてファインプリントを目指すことは、写真の原理や歴史を考える上では良質の化学実験である。そのためには過去の有名写真家のトーンを真似ることが近道で、そのトーンに近づくことは、技法は正確にはトレースできなくても印画紙の中に過去の写真家を召還しているようなものだろう。準備と工程に膨大な時間をかけることが必然であることを知り、失敗したプリントが貝塚のように積み上げられる苦痛を罵りながら得られるのは、正確なテストピース、そして緻密な観察力と的確な判断力である。その上で焼きあがったモノクロプリントは情報量が豊富で見やすく、そして多分美しいのだ。
写真家は「美しい」の裏側にあるものについて以前から気付いている。それは写真の機能の中では核心のひとつとして認めざるを得ないところであり、同時に写真家にとっては、気に障る棘のようなものとして扱うべきものでもあるのだ。
そう、決して声を出してはならない。
停止液に30秒浸かった印画紙は、定着液のバットに移され1分後には水のバットに浮かべられ印画紙からプリントと名を変える。部屋の照明を点けて焼き直す必要がないか確かめた後、次のプリントの準備を始める。水のバットにたまったプリントは浴室に運ばれて大き目のバットに放り込まれ、水を流しっぱなしにして90分間水洗される。水から引き上げ、浴室の壁に貼り付けて水を切る。その40分後にはダンボールの上に並べてられ24時間の乾燥に入る。プレスマシンの温度を100℃に設定し90秒プレスした後、反りが収まるようにガラス板で挟んで重しを載せ、更に24時間置いておく。
写真家は重しを外し、プリントを手に取り眺める。確認が済むと印画紙の空箱にプリントを入るだけ詰め込み、それを抱えてコピー屋に向かう。
Biography
写真家
1960年神奈川県生まれ
2016.11 | 静脈 | The White(東京) |
2015.10 | 窪み | The White(東京) |
2015.04 | 金村修ワークショップ企画展「Repeat After Me vol.03」 森谷雅人×石井保子「KAWASAKI / KAWAGOE」 |
The White(東京) |
2014.10 | 収集の行方 | The White(東京) |
2014.02 | On the Right Bank inside / outside | GALLERY mestalla(東京) |
2012.09 | 川崎ハード | GALLERY mestalla(東京) |
2011.11 | 約束の地 KAWASAKI DEEP SOUTH 2010-2011 | 新宿ニコンサロン(東京) |